条件は選べない。でも、その中の一手は選べる ――このブログのこと
執筆:オペラシンフォニー
相場も、子どもの育成も、配られた条件は選べない。それでも一手は選べる――この一行を確かめるために、私は四百年前の戦を「投資の目」で読み直すことにしました。このブログを始めた理由を書きました。
はじめまして。このブログを開いた理由を、最初に書いておきます。
私は、二つの世界に片足ずつ置いています。ひとつは、投資。もうひとつは、子どものサッカーの育成です。
まるで関係のない二つに見えます。でも、長くやっているうちに、どちらも同じ一つのことを言っているのだと気づきました。
――条件は、選べない。
相場は、こちらの都合では動きません。金利も、為替も、いつ何が起きるかも。マーケットのほとんどは、向こうから配られてくる「条件」でできています。
子どもも、同じです。身長も、生まれた月も、家庭の事情も、本人には選べません。早生まれで体の小さい子が、恵まれた子と同じ土俵に立たされる。それが育成の現場です。
条件は、選べない。これは、動かせない事実です。
でも――と、私はいつもそこで踏みとどまります。
条件は選べなくても、その中の一手は、選べる。
このブログが、たった一つ言いたいのは、これだけです。
私には、二人の「敵」がいます。
ひとつは、「もう条件で決まっている」という諦め。生まれた場所で、持っている金額で、勝負は最初からついている――という考え方です。
もうひとつは、「お金で解決すればいい」という思い込み。いい銘柄を買えば、強いクラブに入れれば、なんとかなる――という考え方です。
この二つは、正反対に見えて、根っこは同じです。どちらも、自分の一手を、手放している。
私は、そうは思いません。どんな条件にも、その中での最適の一手が、必ずあります。お金をかけるかどうかさえ、選べる一手のひとつにすぎません。
このブログでは、その中でも――投資と、営業と、戦略の話を書いていきます。
お金と組織の世界は、いちばん露骨に「条件」がものを言う場所です。資金の多い者が勝ち、大きい者が残る。そう見えます。
でも、本当にそうか。私は、それを確かめたかった。
だから、一つの戦を、投資の目で書き直すことにしました。関ヶ原です。
石田三成は、負けました。首を斬られ、逆賊として四百年、名を汚されてきた。
でも、彼は「正しいもの」を作った男でした。条件は、たしかに不利だった。担ぐ総大将は動かず、味方に差し出せる金もなかった。
それでも――勝ち筋は、本当になかったのか。
四百年前の戦を、決算書を読むように読み直してみる。誰が何に賭け、どこで判断を誤り、どこに一手があったのか。
負けた側にも、勝ち筋はあったはずだ。条件は選べなくても、その中の一手は、選べたはずだ。
その検証を、一話ずつ書いていきます。物語(連載小説『関ヶ原インベスターズ』)が本編で、このブログは、その考え方を現実の投資に引き直す「補助線」です。
ただ、関ヶ原は、あくまで最初の題材のひとつにすぎません。この戦を読み終えても、話はそこで終わりません。また別の切り口から、投資と金融の話を、ここで続けていきます。
派手な話は書きません。正しい一手は、たいてい地味です。すぐには報われないし、目立ちもしない。
でも、条件のせいにして立ち止まるより、ずっと遠くまで行けます。
配られた条件の中で、次の一手を、静かに選ぶ。
その記録を、ここに書いていきます。どうぞ、お付き合いください。